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活動報告(2013年度)

第79回
『秩父札所巡り』
[2013.11.9(土)]

11月9日朝、今秋一番の冷え込みになりました。
7時半西武池袋線秋津駅前に参加者全員が集合しました。一駅次の所沢駅で特急レッドアロー号に乗り換え、1時間程で終点の西武秩父駅に到着です。
駅の案内パンフレットを見ながらいざ出発したのですが、どうも方角を間違えたらしい。いつもは事前に念入りにルートを確認してくれる大野さんですが、今回は秩父の市内巡りですから簡単にわかるはずと思ったのでしょう。駅に後戻りして再出発です。

歩き始めて最初に目に留まったのが1.5メートル程の道標です。
下方の正面には真中に現在地、左側には350メートル先慈眼寺、右側には300メートル秩父駅、という表示があり、高さ中央には神輿のレリーフ、更に上部には般若の面のようなモニュメントが見えます。
後で問い合わせたところ、秩父市の商工会議所が10年前に国の補助金で街造りのために作成した「どこ行くべえ」という散策サイン開運案内板で市内に100カ所あり、真中のレリ−フは商店街毎に同一の物、上部のモニュメントは夫々別な開運グッズという事でした。街には古い建物も残っており、更にはそのまま残すか壊して再開発するのかと云う様な朽ちかけたものもあちこちにあります。

9時30分、13番札所「慈眼寺(じげんじ)」。
寺の名前に「眼」があるように目の健康にご利益があるとのことです。薬師堂の隣にある経蔵には膨大な経典が円形の経堂に納められており、これをぐるりと廻せる仕掛けになっているようです。

続いて14番札所「今宮坊」。
観音堂の手前に輪廻塔というのがあり、お経が刻まれた円盤を廻すとご利益があるそうです。隣接して今宮神社があります。元々観音堂と今宮神社は今宮坊が別当を兼ねていたが、明治初めの神仏分離により切り離されたものです。神社の入り口には大きな赤い「八大竜王神」の幟がたくさん奉納されており、隣には「竜神池」さらに奥には「竜神木」と呼ばれる樹齢千年、幹回りが9mもあり真ん中の空洞に「八大竜王神」が祀られた見事な欅の大木があります。幹の太さや横綱の土俵入りを思わせるような堂々とした威容は府中のケヤキ並木を圧倒します。

14番札所 今宮坊

14番札所 今宮坊

八大龍王神を祀る欅

八大龍王神を祀る欅

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しばらく歩いて10時15分15番札所「少林寺」。
本堂は珍しい洋風で、これは明治初年の秩父大火で焼失したものを漆喰塗りの耐火土蔵造りに再建したものです。本堂の右手に秩父事件で殉職した二人の警官と山縣有朋の碑があります。

15番札所 少林寺

15番札所 少林寺

秩父事件の碑文を読む

秩父事件の碑文を読む

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10時35分秩父神社。
武蔵の国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守として建てられた関東でも屈指の古い神社です。現在の社殿は1592年に徳川家康が寄進したもので江戸時代初期の建築様式が特徴です。毎年12月3日に行われる例祭は「秩父夜祭」として京都の祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭りのひとつです。

秩父神社山門

秩父神社山門

秩父神社本殿

秩父神社本殿

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本殿の正面左側には左甚五郎作「子宝子育ての虎」、北面には「北辰の梟」、西面には「お元気三猿」、東面には左甚五郎作の「つなぎの龍」と豪華絢爛な社殿彫刻が施されております。神社の格式としては府中の大國魂神社にも匹敵する様な感があり、色彩豊かな彫刻で美しく華やかな趣です。

左甚五郎作 子宝子育ての虎

左甚五郎作 子宝子育ての虎

北辰の梟

北辰の梟

お元気三猿

お元気三猿

左甚五郎作 つなぎの龍

左甚五郎作 つなぎの龍

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11時20分16番札所「西光寺」

本堂の右手には四国八十八カ所霊場の本尊模型が並んでいる回廊堂があります。
千手観音が3対ありましたが、夫々顔付きや手の数が異なっていました。
わずか20分程で四国八十八カ所霊場巡りが出来る大変便利な場所ですが、1間位の間隔毎に賽銭用の穴が開いており、信心深いお遍路さんには金銭負担が大きそうです。
16番札所 西光寺

16番札所 西光寺

 

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境内には大きな酒樽の中に大黒天が祀られている「酒樽大黒天」、「仏足石」、木のお札を釘で打ち付けたという「札堂」など見どころが多い寺です。

しばらく歩くとハープ橋です。秩父駅前から西に延びる県道を進むと荒川に架かる大きな秩父公園橋が遠くから見えてきました。中央に大きな主塔が一本あり、そこから240本ものケーブルが斜めに伸びてコンクリートの橋を吊っている「斜張橋」という形式だそうです。
斜めのケーブルが巨大なハープの様に見えることから愛称「ハープ橋」と呼ばれ、この名の方が定着しているようです。この橋は荒川だけでなく川岸段丘をも一緒に跨いでいるので、長さはなんと400m近くもあります。

ハープ橋を渡る

ハープ橋を渡る

ハープ橋から見る荒川の紅葉

ハープ橋から見る荒川の紅葉

ハープ橋の途中で一休み

ハープ橋の途中で一休み

ハープ橋の途中で一休み−2

ハープ橋の途中で一休み−2

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ハープ橋を12時に出発して15分程少し坂になった道を進むと、ここからはちょっときつい登り坂の巡礼道になります。いつもの歩こう会の登山を思い出すような息切れする歩行が20分程続いて、ようやく本日最後の23番札所「音楽寺」に到着。その優雅な名前の由来がどこかに説明されているだろうと探して見ましたが、それらしきものはありませんでした。なかなか良い音が響く梵鐘の表面に「音楽」の文字を見つけました。
後で調べたところ、札所を開いた十三人の聖者がこの山の松風の音を菩薩の音楽と聞いたのが名の由来という事です。寺の名前にあやかろうとするのでしょう、本尊廊下の隅に演歌歌手らしき多くの人の色紙が貼ってありました。
秩父事件いわゆる困民党事件では武装した農民がここの境内に集結したそうです。鐘楼脇にはこの事件を記念した碑がありました。

23番札所 音楽寺

23番札所 音楽寺

音楽寺鐘楼にて12名全員

音楽寺鐘楼にて12名全員

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そこから桜の名所といわれる小さな公園を抜けて帰りはバスを利用する予定でしたが、次のバスまで1時間以上待たなければならず帰路も歩くことになりました。
途中に武甲山や秩父市内が一望できる絶景の場所があり桜の季節も素晴らしいであろうと思われます。約1時間往路と同じ経路で市内まで歩き、西武秩父駅近くの蕎麦屋で遅い昼食をとった後帰路につき、5時過ぎに国分寺駅にて解散となりました。


参加者:    計12名
加藤俊一(29法)、松原照旨(29政経)、柴田弘道(31法)、近藤雄一(34理工)、
小澤俊夫(35法)、小澤早苗(小澤氏夫人)、竹居義男(35教育)、寺崎 弘(40法)、
本田 勝(40理工)、大野正道(40理工)、小林春男(44商)、柿崎成康(44理工)

[小林春男(S44商)記]

 

 
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